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お酒の銘柄をご紹介(シャンパン、焼酎)

シャンパン

ドンペリニヨン(Dom Perignon)

誰もが知ってる、最高級シャンパーニュ、ドン・ペリニヨン!!
ドンペリはグラン・クリュ格付の自社畑100%のピノ・ノワールと、シャルドネを半々に用いて醸される、キュヴェ・ミレジム・シャンパーニュ!

世界一のワインを造ることを目的に17世紀終わりにドン・ピエール・ペリニヨン神父が抱いた理想に忠実に、醸造最高責任者であるリシャール・ジェフロワは傑出したシャンパン造り続けています。
新しいドン・ペリニヨンには作柄の素晴らしい収穫年に栽培された葡萄のみが用いられます。

また、ドン・ペリニョンがシャンパンの起源との一説もあります。

クリュッグ(KRUG)

シャンパン好きなら誰でもクリュッグが一番であることは知っています。

おそらく、シャンパンでは唯一、クリュッグ好きな人のことを熱狂的なクリュギュストなる言葉が存在するくらい、麻薬の様な魅力を持つ最高のシャンパン。

あの有名なドンペリがお酒を飲まない人でも知っているシャンパンであるなら、クリュッグはシャンパン好きな人なら必ず知っているシャンパンと言えます。
モチロン知名度だけではなく、頑固なまでに伝統の製法にこだわりぬき、最高の評価を誇るシャンパンと言えます。

クリュッグは製造工程の全てが職人芸なのです。手間がかかっていますし、生産量も少ない。
それでも魅力的だからクリュッグリストが世界中にいるわけです。

サロン(SALON)

最良の年に最高のブドウだけを使い最高の生産するコンセプトでサロンは造られました。

ウジェーヌ・エメ・サロンという完璧主義者であった彼が造りあげた、芸術的な逸品であるとも言われています。
第一次世界大戦の傷跡が生々しくも残っていた1920年代に、ヨーロッパで随一の社交界で、ハウス・シャンパーニュに採用されたことからサロンの伝説が始まりました。
サロンは初めてづくしのシャンパーニュでもありました。
シャルドネ生一本のブラン・ド・ブランが初めてで、ル・メニルの単一クリュというのも 初めての試みでした。
様々なクリュを集めて3種類のセパージュを熟達したブレンドしてこそシャンパーニュ造りは決まると
思い込んでいた当時の造り手達は驚きを隠せませんでした。

何よりも優れているヴィンテージのみしか造らない為、これまでに誕生してきたヴィンテージも他のプレステージシャンパンと比べると多くはない。
その生産量は多い年であっても7000ケース程。
その半分にも満たない生産量の年もあるくらいです。
サロンはだいたい10年の熟成期間を経てから市場に出ていきます。
85年ヴィンテージに至っては13年もの熟成を施して88年ヴィンテージの後にリリースされました。

この長期熟成によってサロンの独特な香味が生まれます。
酸化熟成香などはオーク樽を連想されがちでも、現在サロンではオークを一切使用していません。
ミネラル豊富な土壌から生まれるシャルドネは、熟成によって自然に生まれてくるフレーバーなのです。

全てにおいて【特別】のみを選ばれて生まれる、サロンはそんな極上な逸品です。

ルイ ロデレール(LOUIS ROEDERER)

創業は1776年と古く、大変に歴史のあるシャンパン・メゾンです。

ルイ・ロデレールは200ヘクタールに及ぶ自社畑から80%の葡萄をまかなっています。
ルイ・ロデレールのカーブは大変に美しくて有名です。
美しいカーブで寝かされたリザーブワインはやがて将来偉大なシャンパーニュになります。
ロシア皇帝のために造られたクリスタルですが、このクリスタルが造られる以前から既にロシア皇帝はルイ・ロデレールのシャンパンがお気に入りだったそうです。

質の高い自社葡萄からシャンパンを作るというヴィジョンを持っていたからこそクリスタルが生まれたと言えます。

ペリエ ジュエ(PERRIER-JOUET)

ペリエ・ジュエ社の創業は、1811年にフランスのシャンパーニュ地方エペルネ市に、ピエール・ニコラ・マリーペリエとその妻アデル・ジュエにより設立されました。
婦人の名前をとってペリエ・ジュエと名づけたそうです。

ぺリエ ジュエの白いアネモネの花は、1902年に芸術的なプレステージシャンパンにふさわしいボトルデザインを親交のあった芸術家エミール・ガレに依頼してデザインされたものです。
このボトルは第一次世界大戦中封印されてしまいましたが1964年、セラーマスターであるアンドレ・パブレにより、エナメル塗料でアネモネが描かれたボトルを発見して、この美しさに感銘を受け、アネモネはシャルドネの繊細さを見事に表現しているとシャルドネを主体としたスペシャルキュベをつくり上げる決心をしました。
そのシャンパンをガレが生きたベル エポック(美しき良き時代)と名づけられました。

ヴィクトリア女王といった王室や、グレース・ケリーをはじめとする世界中のセレブリティたちにも愛されてきたペリエジュエはその200年の華々しい歴史をいまに受け継ぐのが7代目セラー・マスターであるエルヴェ・デシャン。
93年に現職に就いて以来、世界中を駆け回っています。そうしてペリエジュエはまた、革新をつくり続けるという伝統を、未来につないでいくのです。

プレスティージュ・キュヴェの ベル・エポックに使用されるシャルドネのうち80%がクラマン産でピノ・ノワールのうち60%がマイィ産になります。
ブレンドの際は、シャルドネならではの品の良いふんわりとしたアタックと、マイィのピノらしいすっきりとした ミネラリーな味わいを活かし、
軽快で緻密なスタイルを構築しています。

ペリエ ジュエ ベル エポック フローラル エディションが登場するなど話題に事欠きません。

ヴーヴ・クリコ(VEUVE-CLICQUOT)

ヴーヴ(未亡人)ではなかったポンサルダン婦人は1798年、シャンパン造りに情熱を注いでいたフランソワ・クリコ氏と結婚。
フランス革命の真っ只中の当時はフランスは混乱しきっていました。
そんな時代に後のヴーヴ・クリコは結婚しました。

結婚してほんの4年ほどで夫のフランソワは急死したため、亡き夫のシャンパン造りの遺志を引き継ぎ、ヴーヴ・クリコ・ポンサルダンはシャンパン経営に乗り出すのです。

商才豊かなヴーヴ・クリコは時代の混乱と当時としては他に例がない女性経営者であるという不利点をものともせず、次々と販路を拡大し、成長していきます。

ヴーヴ・クリコのシャンパンに残した功績は、同じくヴーヴのポメリーやドン・ペリニョンと並び非常に大きいとされてます。
当時、不安定な要素のあったシャンパンという酒の品質を劇的に高めたのである。
そして品質の安定化もまた、ヴーヴ・クリコの販路拡大に大きく役立ったのです。

現在では当たり前のこととなっている斜めに傾いたピュピトルに瓶を立て、澱を落とすという作業、
いわゆるルミュアージュはヴーヴ・クリコが、瓶を動かす職人が作業しやすいように配慮して生まれた作業なのです。

ボランジェ(BOLLINGER)

ジャック・ボランジェとポール・ノーダンにアイ村で1829年に設立させたシャンパン・ハウスがボランジェ。

ポール・ノーダンは1年足らずで会社を去り、ジャック・ボランジェが取り仕切るようになり創業以来、経営は親族が経営し続けているという珍しい存在。

ボランジェの現在の生産量は年間約150万本その内70%が自社畑の葡萄からできていて約150haの自社畑を所有しています。

ボランジェでは飲み頃のシャンパンをできるだけ出荷することを心がけておりNVの「ボランジェ・スペシャル・キュヴェ」でさえ最低で5年の瓶熟成を行っています。

アイ村はシャンパーニュ地方の中でも最高の葡萄がとれる屈指の村であり、極上のピノ・ノワールが収穫されることで有名です。
その葡萄をふんだんに使用したボランジェが美味しいのは当然のことだと言えるでしょう。

ピノ・ノワール主体のボランジェは全体的に複雑で深い味わい。噛めるような重厚さを持っています。
料理にも合うし、単体で飲んでも期待に応えてくれる素晴しいシャンパーニュです。
ボランジェにはクリュッグの「クロ・デュ・メニル」と並ぶ「ヴィエイユ・ヴィーニュ・フランセーズ」という超最高級品がございます。
フィロキセラの被害に遭う以前の木から収穫される葡萄から造られる貴重なシャンパンはマニア垂涎の一本と言えるでしょう。

アンリジロー(HENRI GIRAUD)

生産量の少なさから近年までイギリスやモナコなどの王室御用達と一部の上流階級で愛飲されるのみだった極上のシャンパン。
アンリ・ジローの歴史は17世紀初頭からルイ13世統治下の1625年、 創業者のフランソワ・エマールがシャンパーニュ地方のかなでも
特別良質なブドウの産地として有名なアイ村に畑を購入しました。

石灰質の土地であるシャンパーニュ地方は、シャルドネやピノ・ノワールなど良質なブドウを生み出す地として有名です。
中でもアイ村の評価は高く17世紀にシャンパーニュ造りが始まった頃では、 多くのメゾンがアイ村産の葡萄を希望していました。
特に熱心だったのは法王や王族で今もアイ村には、フランソワ1世やアンリ4世の圧搾場跡が残っている程です。
アンリ4世はアイ卿(Lord of Ay)と呼ばれアイ村の歴史の一つとなっています。
現在ではアイ村にある323のクリュのうち、グラン・クリュに認定されているのは17のクリュ。 その高品質の葡萄は、プレステージュ級のシャンパーニュにおいてもはや欠かすことのできないものになっています。
アンリ・ジローは、アイ村に約8haの自社畑を所有しており、 すべてグラン・クリュに認定されています。

モエ・エ・シャンドン(MOET&CHANDON)

モエ・エ・シャンドン(Moet et Chandon)のシャンパンは生産量が全シャンパーニュの15%〜18%弱といわれるほどの超巨大なシャンパン・メーカーです。

モエ・エ・シャンドンの「ブリュット アンペリアル」はどこに行っても見かける程、世界中で愛されています。
今、この瞬間にもモエ・エ・シャンドンのブリュット アンペリアルは世界のどこかで開けられています。

モエ・エ・シャンドンはLVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)グループの中核を成し年間生産量の80%が世界150カ国に輸出され年間2万5000本の販売量は、他を圧倒しますし、何より凄いのが大量に販売しつつもブランド力が落ちることがないことです。
一般的には希少性や味でブランド力が向上しますが、生産量が多くなるとどうしても希少性の欠如・味の低下を招きますが、モエ・エ・シャンドンは膨大な生産量になっても味の向上を第一に考えて自社の品質を落とすことなく、販売量を多くしたことが革命的であると考えます。

ポメリー(POMMERY)

ポメリー社の功労者マダム・ポメリーは、ヴーヴ・クリコと同様に未亡人として活躍した人物でした。
1858年、当主であり夫のルイ・アレクサンドルが急逝したため、未亡人となったマダム・ポメリーが事業を継承します。

当時は貴族より金持ち市民階級ブルジョワが幅を利かせた時代です。
サロンではショパンやリストが活躍し、シャンパンも多く開けられるようになりました。
それ以前のシャンパンは甘口が当然だったのですが、大量消費されることに目をつけたポメリー夫人は、シャンパンを辛口に仕立てたのです。

ポメリー夫人は、イギリス人の辛口嗜好に気づき1879年にイギリス向けに今日の辛口ブリュットの原型ともいえるポメリー・ナチュールを発売しました。

現代で最もポピュラーなブリュットが広まったのです。

ローラン・ペリエ(Laurent-Perrier)

ローラン・ペリエ社は、1812年に創業されました。
ブリュットを特徴としたシャンパンを安定的に造る最高級ブランドです。

特にドザージュを行わないウルトラ・ブリュットや優れたヴィンテージとベストな畑のみを使用したグラン・シエクルなど個性のある製品を生み出しています。

1990年代には5本の指に入るほどに成長させた、ベルナール・ド・ノナンクール氏の尽力が今のローラン・ペリエの礎となり今もその輝きを保ち続けています。
サロンやドゥラモットなどが参加に入ることから分かる通り、クオリティの高いシャンパンを造る伝統がこのメゾンから感じられます。

パイパー・エドシックス(PIPER)

1785年の誕生以来パイパー・エドシックは、飲む人に日常を離れた時間や特別な時間をもたらしている。

パイパー・エドシックの赤は特別さを表すシンボルカラーです。
映画に登場した初めてのシャンパンなり、カンヌをはじめとした国際映画祭で供されており、高い信頼を集めています。
パイパー・エドシックは2000年に、今までとは違ったアクティブな飲み方が楽しめるベビーシャンパン「ピパリーノ」を販売しロンドンで開催されるインターナショナル ワイン チャレンジのスパークリングワイン部で、1994年、1998年〜2001年の5度にわたり『Winemaker of the year』の栄冠を勝ち取っています。

ジャック・セロス(Jacques Selosse)

ジャック・セロス アンセルムの父親が1949年に創業しました。

1976年アンセルムはボーヌの醸造学校から帰り、アンセルムのワイン造りが始まり1986年頃から木樽で醸造を始め1993年には全ての収穫を木樽で醸造するようになる。
グランメゾンの醸造家は彼を変人扱いしていました。

セロスはシャンパーニュではめずらしく、自社畑の葡萄だけを用いる生産者で今までは、ブレンドの秘術を生かして国際的なマーケティングを展開してきた少数の大きなシャンパン・ハウスの地位は、狭小なドメーヌで個性的なクオリティ・ワイン造りに打ち込む、レコルタン・マニピュラン(RM)に脅かされようとしています。

レコルタン・マニピュラン(RM)とはドメーヌ元詰め型のシャンパーニュで自家畑で栽培したブドウだけを用いてオーナーみずからが醸造するというこの素晴らしい品質を守ることが出来るのです。
ジャック・セロスがアヴィズとクラマンの村に所有する7ヘクタールのシャルドネは、樹齢50年に達しています。

ブルゴーニュでワイン醸造の研修をしたセロスは、1980年に父親の後を継いでシャンパーニュの生産を始めましたが、ブルゴーニュと同様に一次発酵を新樽を含む228リットルのフレンチオークの樽で行い、更にこれを6か月間樽熟成させます。
当然、そのシャンパーニュには強烈なオークの香りと樽熟成に由来する酸化のニュアンスがみつかり、伝統的な生産者からは「シャンパーニらしさがない」と非難されていますが、米国のジャーナリストの間では「スパークリング・コルトン・シャルルマーニュ」と賞賛されているのです。 

平均年間生産数
平均4,000ケース(750ml)のRM(レコルタン・マニピュラン 葡萄生産者元詰)

アルマン・ド・ブリニャック(ARMANDE DE BRIGNAC)

アルマン・ド・ブリニャックは、シャンパーニュの創造期革新者が持つスピリッツ 「情熱と想像力」を表現すべく造られた、見ること、持つこと、味わうこと、全ての喜びを詰め込んだ 最上級シャンパーニュです。

アルマン・ド・ブリニャックは、フランスのファッション業界にそのルーツを持ち、アンドレ・クレージュ・ファッションハウスの祭典のために手がけたボトルです。
インパクトのあるゴールドボトルは、フランスのコニャック地方に残る唯一の装飾業者が、磨き込んだピューターのラベルをひとつひとつ時間をかけて手作業にて貼っています。
アメリカでセレブ御用達人気を博しており全米No.1 HIP-HOPアーティストであるJAY-Zやビヨンセなど、数々のアーティストがこのシャンパンを愛し、公式なアカデミー賞の授賞式でも使用されていることは有名ですが、プライベートのパーティーなどでも使用されています。
アルマン・ド・ブリニャックは、アメリカにおける高級シャンパーニュの代名詞として位置づけられ、名実共にアメリカを始め、世界で最もステータスの高いシャンパーニュとして供されるようになっています。

ポル・ロジェ(Pol Roger)

ポル・ロジェ社は1849年に設立された家族経営のシャンパン・ハウスです。
気品と優美を哲学とし、格調高いシャンパーニュを造り続けています。
木樽を一切使用せずステンレス・タンクで発酵させることによって、ブドウ本来の繊細な味わいを引き出します。
ルミュアージュを重視し、今でも職人によって手作業で行う数少ないハウスの一つです。
地下に広がるセラーはエペルネで最も深く、そこでゆっくりと熟成させることによって極上の泡を伴うシャンパーニュが生まれます。
その品質は元イギリス首相チャーチル氏をも虜にし、2004年には英国王室御用達に任命されるなど、国際的に高い評価を得ています。

焼酎

森伊蔵

森伊蔵の酒名は4代目の名前が由来です。
当時は焼酎の銘柄で人名をブランド名にするのが流行っており、かつての銘柄は「錦江」。このラベルもいくつかの変遷を経ています。

原材料の芋はそれまでは仲買い人に任せていたが、鹿児島県一の薩摩芋の生産地、大隅半島にある8件の専業農家と独自に契約を結ばれました。
低農薬の良質な黄金千貫(芋の種類で、焼酎作りに欠かせないデンプンを多く含む品種)を確保できるようにし、麹造りに使うお米は福島のコシヒカリを使用。

芋焼酎のトップ・ブランドとして、魔王、村尾と合わせて「3M」と呼ばれています。
最初は「契約栽培」ではなく「有機栽培」でした。
森伊蔵を発売し10年以上経ちますが、その人気は今も衰えることはありません。

今では高島屋かJALの国際線の機内販売以外で正規価格での購入は直接電話にての抽選しかありません。

魔王

現在は大変有名な芋焼酎の銘柄で、森伊蔵、村尾と合わせて「3M」と呼ばれている人気のある焼酎。

魔王の由来は天使を誘惑し、魔界への最高のお酒を調達する悪魔たちによって、もたらされた特別のお酒という意味で命名。

芋焼酎は独特の匂いが気になると、いう考えを根本から覆し多くの人に芋焼酎を浸透させたました。
芋焼酎を飲みやすく仕上げる為、麹歩合を高め、本場さつまの味を代表するに相応しい味わいの焼酎に仕上がっています。
清酒に使用する「黄麹菌」を使用しており、華やかな香りで凝縮したエキス分と甘味が、従来の芋焼酎のイメージを忘れさせてくれます。

熟成酒ならではの飲みあきのしない穏やかな風味で、華やかな香りと豊かな余韻を残すお酒。

今から二十数年前は、第二次焼酎ブームの時いいちこ、二階堂など飲みやすい麦焼酎がブームとなり、この二銘柄も品薄で問屋さんから2本とか3本程度、分けていただくほどしか入荷されてなく、魔王の人気に火がついたのは、第三次焼酎ブームのころだったという。

焼酎の魔王はミネラル・栄養も豊富なので不安を感じずに食卓に並べられ、特別な記念日や食卓の一杯など、幅広いシーンにふさわしい焼酎となっています。

村尾

人手に頼らず、原料の買い付けから、時間があれば配達まですべて行う。
徹底的な探究心が魅力的な焼酎作りを生み出す秘訣であり、麹造りから蒸留の細部にまでこだわり、村尾酒造の村尾は、蒸留機の本体から、パイプの曲がり具合に至るまで自らの手で調整されていています。

焼酎作りに抜かりのない村尾氏は、自ら焼酎作りに打ち込んでいて、常に自分が目指す酒質を追求して日々取り組んでいます。
毎年その蒸留の加減によって微妙に変化し、今年蒸留の村尾はどのような味なのか?
ワクワクして焼酎村尾ができるのを心待ちにしているファンが多くいらっしゃいます。

村尾の味わいの特徴はやわらかいくて、自然の味がすると評価する人もいて良質なカライモを使って仕込みじっくりと熟成させた、本格長期熟成焼酎になっています。

百年の孤独

明治18年の創業以来受け継がれてきた伝統の技術により、ポットスチルによる単式蒸留方式で蒸留され、ウイスキーのように樫の木の樽で3年から5年熟成されています。
熟成の終わった焼酎は色素や風味を損なわないように最小限のろ過をほどこされ瓶詰されます。

製法からも百年の孤独は世界の蒸留酒と同じ様に飲んでもらえる焼酎というコンセプトで造られた高アルコール・長期熟成の本格焼酎で、昭和60年から発売になりました。
薄い琥珀色で香りも焼酎というよりもウイスキーなど洋酒に近く、味わいは強いアルコールの中にも甘みが感じられ麦の香ばしさが広がる。
風味を楽しむためストレートやロックで飲まれることが多いですが、お湯割り・熱燗として頂いてもまた格別な味わいに出逢うことが出来るでしょう。

名前の由来ですがガブリエル・ガルシア=マルケスの同名の小説百年の孤独が由来となり、瓶は包装紙に包まれコルクのラベルが貼られていて焼酎の中でも斬新な雰囲気が漂っています。
工場の一角に、商品にラベルを貼る作業スペースがあり、そこですべて手作業で貼られています。

瓶の包装紙と箱のフタには、ジャズプレーヤーのエリック・ドルフィーの言葉が印刷され、デザインから味わいまで、見事にこだわりを表現されています。

赤霧島

霧島酒造で品質を支える水には霧島裂罅水(きりしまれっかすい)が使用されています。
霧島裂罅水とは、昭和30年に秋田油田のボーリングによって掘り当てた、都城盆地の地下岩盤の割れ目から噴き出す清冽な天然水。
シラス層や火山灰土壌などを浸透する雨水が濾過され、蓄えられたミネラルたっぷりで炭酸ガスを含んだ水。
霧島の焼酎造りには欠かせない美味しさの元です。

赤霧島は上品な香り・味わいがたまらない霧島の季節限定品。
飲み口はピュアでまろやかであり風雅な甘みと華やかな香りは、女性が呑みたいと思わせる芋焼酎を造りたいという想いが込められています。

兼八

1919年(大正8年)に四ッ谷酒造場として創業し、初代「四ッ谷兼八」の名前を冠したこの焼酎は旧来の麦焼酎のイメージを覆し、本物の麦焼酎と言われる焼酎。

原料には、はだか麦を100%使用し、既存の麦焼酎とは一線を画す香ばしい麦の香りと深みある味が楽しめます。
麹にも米を使わずに、麦を使用しています。

兼八は、4代目が造った今は幻となった兼八10年を彷佛させるような、香ばしく甘味のある濃淳な味わいを5代目が造り上げた銘酒。
麦をひと粒ひと粒大切にし、麦本来の香りと味を最大限に引き出し造られている。

濃厚で麦の香ばしさが口に広がり後味も香ばしさが残り、兼八を味わった感想で麦チョコと表現されることが多々あります。

大分県が誇れる麦焼酎は、根強い人気があり入手困難と言われている麦焼酎。

佐藤(黒)

黒麹仕込みの焼酎は、さつまいも独特の香ばしさを持ちながら、さつまいもの甘みを持つという特性があり、この力強い香りと味わいは、丁寧な熟成による繊細でなめらかな舌触りを持たせながら、飽きのこない焼酎に仕上がっています。
芋は頭と尻の部分、さらに傷ついた部分を取り除き丁寧に処理し、芋が傷みやすいため、収穫時期の秋から冬にかけてが仕込みの時期。

以前のラベルには「佐藤」の文字の横に、「関平名水仕込」と書かれていたようですが、現在は「本格焼酎」となっています。

黒麹仕込み独特の力強さがあり、黄金千貫(こがねせんがん)の香ばしさと芋本来の甘さは、滑らかな舌触りをもたせ、重厚な飲みごたえを感じさせてくれます。

佐藤(白)

白麹のやわらかい酒質に素直な黄金千貫(こがねせんがん)の甘さを表現。
芋は頭と尻の部分、さらに傷ついた部分を取り除き丁寧に処理し、芋が傷みやすいため、収穫時期の秋から冬にかけてが仕込みの時期になります。

ゆったりとしたときの流れを感じさせながら、さつま芋の持つ素材の甘味がおだやかにやさしくソフトな飲み口が特徴。
「佐藤黒」とは対照的な味わいで、飽きのこない人気のある「幻の焼酎」です。

真鶴

真鶴という銘柄は、万膳酒造さんの先代が造っていた焼酎の銘柄。
1999年に、万膳酒造さんが再興され、年に一度だけの限定酒として復活されました。
万膳酒造が復活して、蔵主の万膳さんが一番造りたかったであろう焼酎ではないかともいわれています。

この度、33年の時を経て平成14年、山小舎の蔵より「真鶴」を復活。
蔵主もファンからも待望の逸品焼酎ともとれることがわかります。

真鶴の味わいは、開詮後の瓶の口からは香ばしさのある甘いさつま芋の香りが鼻からすっと抜け、芋焼酎らしい風味をしっかりと堪能し味わえる仕上がりになっていると言われています。
逆境を乗り越えた歴史があり、今も尚変わらずファンから愛される焼酎銘柄です。

伊佐美

伊佐美は現在のように黒麹造りの焼酎が流行る以前から、昔ながらの黒麹一筋にこだわり鹿児島のさつま芋を原料にして、米こうじを使って熟成。
仕込みにはホーロータンクを使わず、昔ながらの甕(かめ)で仕込みます。
名称とデザインですが、大口市はかつて伊佐郡と呼ばれ、美味しい焼酎ということから陸軍大将がつけたと言われています。

なかなか手に入らない伊佐美に代わり、伊佐錦が県下では流通されていますが、伊佐地方の気候的なものが焼酎造りには適しているのかもしれません。
希少な焼酎ということから、幻の焼酎と呼ばれるようになってしばらく経ちますが、鹿児島での人気は衰えることはありません。

手間暇かけて造られいるからこそ、実にすばらしい風味や味わいは、芋焼酎好きの人にはたまらない焼酎です。

櫻井

夫婦2人と従業員数名で焼酎造りをしているので、年間の製造量が非常に少ないのですが、原料処理に力を注ぎ、常に品質にこだわる焼酎造りをしています。
原料から造る工程の全てにおいて目を行き届かせ、瓶詰めラベル貼りまで全て手作業で行っています。

代表銘柄である「金峰櫻井」は、やわらかめの焼酎「小さな蔵」と力強い焼酎「さつま松の露」を絶妙にブレンドして造られています。

最高の芋と言われる金峰町産「黄金千貫」の芋を使用し、皮を全て削り、両端や傷んだ部などをカットするという念の入れようで、芋の芯のみで仕込み白麹と黒麹ブレンド。
県内産のヒノヒカリを使用した米麹、きれいな芋で作った焼酎は癖が無くすっきりとした味わいに仕上がります。

萬膳

万膳酒造は先代が亡くなられた影響により長く閉鎖されていましたが、4代目社長万膳利弘氏が叔父に当たる杜氏歴58年の宿里利幸氏と共に、平成11年末に霧島山中深く渓流手篭川(てこがわ)の辺りに小さな蔵を新造し再興。
蔵の設計から2人で行い、地元産のこだわり厳選材料を使い、手造り・甕仕込み・木桶蒸留機などの全てに良いものへのこだわりを凝縮した蔵で、訪れた方に絶賛されている大変素晴らしい蔵です。

復刻するなら昔ながらの製法にしようと決意して、自然通気による手作りこうじに始まり、一次・二次もろみはカメつぼで仕込まれ、蒸留機も木だると錫(すず)製の冷却蛇管に木だるや錫製蛇管の技術者も数えるほどしかいませんでしたが、こうした匠の技も杜氏の腕と同様、焼酎文化を支えてきたとの思いからだという。

そうした萬膳は噂が噂を呼んで、僅か2年弱の間に県内では極めて入手困難となってしまい既に幻の焼酎と化しています。

萬膳は甕仕込・生樽蒸留といった伝統の技に加え、手作りの黒麹で仕込まれた味わいは絶品です。
華やかな甘み・香ばしいと柔らかな口当たりが高い次元で同居され、口に含むと若干アルコールの刺激を感じられるが、全体が一つの風味として成立しています。

川越

川越は飲んだ人に、この心情を味わってもらえるお酒を目指し造られた焼酎。
本来の素材の良さや蔵元の丁寧な仕事を素直に味わうことができます。
川越は厳密には芋焼酎+米焼酎のブレンド焼酎です。

さつまいもは、鮮度がとても重要で、焼酎の仕上がりの味わいにも深く影響します。
川越酒造場の蔵人の手間を惜しまない丁寧な作業とかめ壺による熟成は、非常にまろやかできれいな味わい。
やわらかさと優しさに包まれるような味わいです。

甕雫

甕雫は原料にこだわり、自然で環境に優しい焼酎を造るため、社員総出で原料用甘藷を有機肥料で栽培し、皮は丁寧に手で剥き、その日のうちにヘタを取り、傷んだ部分を取りのぞいて仕込まれます。
米は完全無農薬の合鴨農法で栽培し、自然で環境にやさしい焼酎造りをしています。

京屋酒造の焼酎は、森の奥から湧き出る水を自然に感謝しながら少しづつ採取し、すべて天然水を使用して醸造。
美味しい焼酎づくりのため、伝統を重んじながらも新しい味に挑戦していく情熱と探究心がこの焼酎に込められています。

芋焼酎ですが、フルーティーな味と香りが特徴で、とてもさわやかな焼酎です。

なかむら

自然農法にこだわった原料により、芋は海抜500mの牧之原台地で育まれたさつまいも(黄金千貫) を厳選し、芋の香りと甘みが焼酎にも活かされています。
仕込みの水は、霧島山系の良質な地下水を汲み上げ仕込み水と割水に使用。
蒸留はすべて常圧蒸留の手造りで、すべての工程にこだわり、徹底した温度管理のもと高品質の焼酎造りをしています。

本格焼酎ブームの時期にも、一切品質を落とすことなく造っていたために品切れ状態が続きました。

中々

百年の孤独も造る黒木本店のHPは、私たちは、酒造りは農業であると考えます。なぜなら酒は文化であり、文化とはその土地の風土から生まれてくるもの。まさに農業はその土地の文化の源であるからですと記されています。
原材料の栽培日記なども読むことができ、原料にこだわりや農業の取り組む姿勢を感じることができます。

伝統ある黒木本店は、伝統を守りつつ挑戦を忘れない蔵元で、「中々」の他に、野うさぎの走り・喜六・爆弾ハナタレなどの人気銘柄も造れるのは、伝統と革新を忘れない蔵元ならではです。

中々は百年の孤独の原酒として有名で、中々の原酒を樽にて熟成させると「百年の孤独」に。
原酒は同じですが熟成方法と熟成期間が違い、熟成方法も普通で熟成期間ももっとも短いのが中々です。

手造りの麹と選び抜かれた大麦のみを使用し、減圧蒸留にてライトタイプに仕上た大麦100%焼酎で、香りも控えめで米焼酎や芋焼酎と比べ、香ばしさと軽い口当たりが麦焼酎の特徴です。

中々には陶器詰めの陶眠中々という焼酎もあり、アルコール度は「中々」より少し高めで、中々の原酒を約1年半熟成させ28度に加水調整したもの。
スタイルの違いはありますが、百年の孤独にひけをとらないと言われる美味しさです。

富乃宝山

富乃宝山は、いも焼酎ブームの火付け役の人気銘柄で全国区に有名な焼酎です。
焼酎造りは農業のようなものと考え、目の届かない場所では焼酎を造らない。
信頼できる契約農家さんが農薬を使わない有機肥料と水だけで仕上げた芋を使用し、醸造・貯蔵・管理に至るまで最善の努力と工夫がなされています。
酒造りに使用している水は、さつま宝銘水としても販売されている清冽な水脈より汲み上げた清らかな水です。

富乃宝山は厳選された原材料をじっくりと低温発酵させ、蒸留を行います。

西酒造には焼酎業界では珍しく、研究開発課があり実際の飲み手であるお客様に飲んでいただき、その声を活かして新しい焼酎造りに挑戦し続けています。
その常にもっと美味しくしようとする姿勢が、お酒を通じて飲み手に共感される所ではないでしょうか?

日本一の焼酎という目標に、自前の残留農薬システムを導入し、外部専門家による品質管理委員会を設置しての二重のチェックをし、品質にこだわっています。

味は、芋焼酎に苦手意識がある方でも飲みやすく、フルーティーでありながらスッキリやわらかな味わいが特徴。
芋焼酎なのに、芋臭くないその味わいは女性にも人気です。

夢想仙楽

夢想仙楽は社長がスペインまでシェリー樽を買い付けに出向いています。
シェリー樽といえば、高級ウイスキー貯蔵に使用する樽ですが、それを日本の焼酎に使用しています。

光酒造は、樫樽や裸麦で仕込んだ麦焼酎など、他にはない本格焼酎に挑戦しつつ、伝統的な酒造法と独特の貯蔵法を駆使し、特徴ある本格焼酎を造り続けています。

ウイスキーなどで取り入れられている酒造法等を参考に、新しい取り組みをいち早く取り入れ、飲み手が飲んだことの無い光酒造だけの焼酎を日々、目指して造られています。

色々と長期樫樽貯蔵の商品は多数ありますが、使用されているのはアメリカ産バーボン樽の樫樽。
シェリー樽の樫樽を使用しているのはほんのわずかなのです。

シェリー樽の香りと甘味、熟成によるまろやかさがあり、40度と度数も高く、味わいはウィスキーに近いとの声が高い焼酎。
限定商品なので、僅かな数量しか入荷しないお酒です。

赤兎馬

赤兎馬とは、三国志に登場した名馬の名前です。

名馬のように銘酒として育てていきたいという思いから、濱田酒造で赤兎馬名づけられました。
ベースとなる原酒を、ゆっくりと寝かせ、仕上げに力強い味の若い原酒をブレンドして商品になるのです。

原材料には厳選された良質の鹿児島県産黄金千貫を手作業にて、丁寧に選別し使用して白麹を使用、水はシラス台地の地下数百メートルから湧き出す天然水を使用しています。

昔ながらの木桶蒸留器を使い甕仕込み、甕貯蔵という製法を守っている伝兵衛蔵で製造され、甘いフルーティーな上品な香りと・芋の甘み・柔らかな口当りが特徴で、芳醇な旨みが口の中で広がります。

春と秋の年に2回だけの特別限定酒の紫の赤兎馬は、原料芋に紫芋(綾紫)と黄金千貫を使用。
紫芋のフルティーな口当たりと絶妙バランスが人気です。

明るい農村

焼酎は良き土に始まる。良き土は明るい農村にあり。
霧島町蒸留所の代表銘柄である明るい農村の名前は色々な意味で大変個性的。
やや辛口にどの料理でも合いますが特に和食の食中酒としてよく合います。

三岳

久島の酒と知られる三岳酒造は、鹿児島県の島としては奄美大島に次いで2番目の面積である屋久島に位置します。

屋久島は年間降水量も多く、屋久島は1か月の内、35日は雨と言われる程の水の王国で、名水百選に選ばれている豊かで質の良い焼酎造りに欠かせない水が湧き出ています。

名前の由来は、屋久島にそびえる宮之浦岳・永田岳・黒味岳の3つの山にちなみ「三岳」と名付けられました。
三岳のラベルにはバナナの葉が描かれ、日本最南端のお酒を感じられるデザイン。

厳選された黄金千貫芋を原料とし、甕で1次仕込みを行い、 麹には白麹を使用。
独特の風味を活かしたまろやかな飲み口、爽やかな後味が特徴です。
芋焼酎が苦手な方でも芋臭さはなく飲みやすい口当たりで、芋本来の風味とまろやかさが引き立つ焼酎です。

年間生産量が少ないため、貴重な焼酎で大変人気がある芋焼酎です。

晴耕雨読

晴耕雨読は佐多宗二商店の顔でもあり、南薩摩の土壌だからできる芋の旨みと、敷地内から汲み上げる厳選された上質の天然水で造られています。
原料の芋は、契約農家と契約栽培した上質な黄金千貫で、白麹で仕込み 常圧蒸留。
若干ですが米焼酎をブレンドし、クセを抑えているので、とてもマイルドで上品な仕上がりです。

蒸留後に手作業で不純物を徹底的に取り除き、スッキリした味わいを実現している晴耕雨讀は、芋焼酎に苦手意識があった人の価値観を180°変わる程の今までの焼酎をきれいな味に変えた焼酎です。
そのため、焼酎ブームの火付け役として名が全国から引き合いが大変多い焼酎です。
芋の嫌なクセを徹底して取り除き、芋の本質の旨みはしっかりと感じられるため芋焼酎を始めてみようという方にも最適です。

白麹仕込みのほかにも黒麹仕込みの晴耕雨読があります。
こちらは、黒麹ならではの香ばしく芳醇、コクのある香りが特徴で、米焼酎はブレンドされていません。
レギュラーのものよりさつま芋の香が強く甘みを感じられ、白麹仕込みとは違う焼酎を楽しむことができます。

栗東わすいせず

原料米は地元市来産の米を使用し、麹室でのもろぶたを用いた麹造りを行っています。
さつま芋は、宮路農園の宮路一良さんが黄金千貫を改良して作った有機栽培の芋を使用し、一次、二次仕込みとも昔ながらの三石甕で行っています。
そして、芋の収穫時期に合わせて焼酎を製造。

横綱級と呼ばれている栗東わすいせずは、杜氏である北山釿也氏入魂の焼酎で、アルコール度数25度・甕壺仕込・木桶蒸留・甕貯蔵と拘って造られています。

福岡の深町酒店(福岡県筑後市)のプライベートブランドであるこの焼酎は、芋の風味を極限まで活かし飲み手に懐かしさや安らぎの味わいと感動を与えてくれます。
大変稀少な焼酎です。